現在、彩の国いきがい大学熊谷学園1年制37期校友会は96人の会員が所属し活動しています。


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あるこう会


平成29年1月11日(水)平成29年度の初歩きは妻沼の町中を歩き聖天山で初詣をして今年の健康を祈願して来ました。
熊谷駅からバスに乗り、下町で下車して、歩き出しました。
コースは・坂田医院旧診療所・井田記念館→両宜塾跡石碑→大我井神社→妻沼聖天山→歓喜院本坊本堂→和食の和とう(昼ランチ)
今回も天候に恵まれ、晴天で風も無くのんびり歩き、新年会を兼ねた食事会で今年の歩くコースの希望を話し合い新たにスタートした楽しい一日でした。

 (妻沼観光地図)

当建物は普段は内部の公開をしていませんが、妻沼行政センターへお願いして特別に見学の承諾を得ることが出来ました。
坂田医院旧診療所は産科医院として昭和6年に建られた、鉄筋コンクリート造陸屋根の洋風近代建築で、昭和50年代前半まで使用されていました。
今は国登録有形文化財に指定されています。

 (坂田医院旧診療所・井田記念館)

玄関前で記念写真


当時の受付室


診察室の内部


レントゲンの器具も残っていました。


室内で記念写真


井田記念館
大正7年に男性用整髪料メヌマポマードを創製した実業家・井田友平の住居を移築したもので雛人形展示等のイベント時のみ公開しています。
今回は特別に内部を見せていただき良かったです。
記念館の前で


保存された部屋の中を見学しました。


お庭から上がりました。


両宜塾跡石碑
江戸末期の儒学者・寺門静軒が開いた学校の跡地です


大我井神社
明治元年に出された神仏の分離令により、聖天山から分離して大我井の地に鎮座した。


富士山が見える高台。


高台に上がりましたが、住宅の屋根により見えませんでした。


妻沼聖天山にお参りしました。
日本三大聖天の1つで冶承3年に創建、平家物語で称えられている斉藤別当実盛公が自らの守り本尊である大聖歓喜天を祀ったものです。
縁結びの神様として慕われています。
建物各部は総彫刻豪華絢爛で平成24年に国宝に指定されました。


貴惣門
三破風造りという珍しい建築で地元では「招き門」と呼び、商売繁盛のご利益があると信仰されています。


縁結びの中門
境内で一番古い建物(1670年)です。


本殿の前で


多宝塔(平和の塔)の前


赤い橋の上で


夫婦の木
エノキとケヤキが寄り添って育つ夫婦の木で縁結びの神木として祀られています。


境内をのんびり散策


男二人でお参りましょう。


歓喜院本坊
聖天山の本坊であり、行者の修行道場です。


昼ランチ
和食の「和とう」で美味しい食事をいただきました。

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