史跡めぐり
平成30年7月24日(水)酷暑
私達も経験した事のない事がおきてしまいました。昨日熊谷地方気象台で気温41.1度の記録が出てしまいました。気象観測史上最高気温を記録。その中、史跡クラブの仲間達 15名(男性8名・女性7名)館林城跡周辺への散策を試みました。
本日の予定コースは『茂林寺(10:00集合)⇒田中正造記念館(11:15)⇒昼食(12:00)館林うどん、本丸』⇒館林市第二資料館(13:00)⇒田山花袋記念文学館(13:40)⇒向井千秋記念科学館(14:30)⇒館林城跡散策(15:30)⇒解散(15:45)です。
先ずは「茂林寺駐車場に10:00集合です。車4台9:40には全員集合しました。
ボランティアさん2名が温かく迎えて頂きました。≪この暑い中ようこそお出で頂き有り難うございます。昨日は熊谷では41.1度という史上最高の記録、誠におめでとうございます。≫返した言葉は何でしたっけ「いやいやそれほどではありませんよ・・」トホホー
茂林寺に何回か来ていましたが、宝物殿を拝観したのは初めてでした。
(青龍山 茂林寺)
(山門前で集合写真)
(東武鐵道(株)寄贈) (聖観音)
茂林寺から10分田中正造記念館に
足尾銅山鉱毒事件:明治時代初期から渡良瀬川周辺で起きた、日本で初めてとなる足尾銅山での公害事件。
足尾の精錬所は1980年代まで稼働し続け、2011年に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で渡良瀬川下流から基準値を超える鉛が検出されるなど、21世紀となった現在でも影響が残っている。
(田中正造記念館)
(足尾銅山のお話) (ボランティアの説明)
昼食に 館林と言えば「うどん」「うなぎ」かな、今日はうどんにしましょう。
「うどん 本丸」に予約でさすがに美味しいうどんをご馳走になりました。
(昼食1) (昼食2)
午後は館林市第二資料館にやはりボランティアの方が出迎えて頂きました。
旧上毛モスリン事務所:上毛モスリン株式会社(じょうもうモスリン)は明治・大正期に主に館林で織物業を営んだ企業。館林製粉(日清製粉の前身)とならんで館林の近代化に寄与し、館林出身の小説家田山花袋の作品にも登場するが、大正バブルの影響で投機的資本家による乱脈経営の餌食となり破綻した。モスリンとは梳毛を用いた薄手の毛織物で、明治前期には盛んに輸入されていた。
(館林観光ボランティア)
(旧上毛モスリン事務所)
(正田貞一郎氏使用馬車) (1870年~1961美智子皇后の祖父)
(田山花袋旧居前で集合写真)
田山花袋記念文化館は館林市第二資料館の道路に面した反対側にあります。日本文学の先駆者『蒲団』の田山花袋と利根川・・・
(田山花袋記念文化館)
(ビデオ鑑賞)
田山花袋略歴
(田山花袋年表)
向井千秋記念科学館もこの公園内に建てられており、入館料金も65歳以上の方は無料で入れます。もちろん皆さんもどうぞお入りください。日本初、女性飛行士向井さんの生い立ちと宇宙の経験を知ることが出来ました。
(向井千秋記念館)
今回はボランティアガイドさんを全て付けさせてもらいました。街は城下町の痕跡が残り参加した方々に感動を与えてくれたと思います。ご協力有難うございました。
館林班 幹事:大澤(勝)・原田・東山・佐藤(健) 記 原田幸子 写真(塚田)