「県連協第7回芸能祭」報告
会場に到着して、ホールに入ると既に暖房がとても温かく、もう午前中出演の出番を待つ他の連協の校友会員が元気に談笑していた。
そこでふと感じたのは、それぞれ各連協の持つ文化というかどこか違った雰囲気であった。
まずはじめに開会式があったが、そこで驚いたのは来賓の少なさであった。熊連協でさえ、熊谷市長他をお呼びして盛大に盛り上げるのに県連協の来賓は「いきいき埼玉理事長代理」のみであった。これは、芸能祭に対する考え方の違いかなと感じた。
出演団体の公演・発表は、さすがに各連協選りすぐりの団体の演技で格調高く、練習も十分で申し分なかった。熊連協の3団体もがんばっていただき他の連協から高い評価をいただいた。
私もこの頃、習い覚えた「正調秩父音頭」を踊る機会が年に数回あるようになった。そこで感じるのは、舞台と客席で感じる「失敗したっていい」、「人間に生まれて良かった」という生きるものどおしの共感、そして昔はたくさんあった「一体感」の楽しさであった。
今回も、楽しさをたくさんいただいた。企画から準備、開催運営に中心になって活躍された伊奈連協、久喜連協の皆さん、そして熱演された出演者の皆さん本当にありがとうございました。
熊連協企画部長 近藤富男記
そこでふと感じたのは、それぞれ各連協の持つ文化というかどこか違った雰囲気であった。
まずはじめに開会式があったが、そこで驚いたのは来賓の少なさであった。熊連協でさえ、熊谷市長他をお呼びして盛大に盛り上げるのに県連協の来賓は「いきいき埼玉理事長代理」のみであった。これは、芸能祭に対する考え方の違いかなと感じた。
出演団体の公演・発表は、さすがに各連協選りすぐりの団体の演技で格調高く、練習も十分で申し分なかった。熊連協の3団体もがんばっていただき他の連協から高い評価をいただいた。
私もこの頃、習い覚えた「正調秩父音頭」を踊る機会が年に数回あるようになった。そこで感じるのは、舞台と客席で感じる「失敗したっていい」、「人間に生まれて良かった」という生きるものどおしの共感、そして昔はたくさんあった「一体感」の楽しさであった。
今回も、楽しさをたくさんいただいた。企画から準備、開催運営に中心になって活躍された伊奈連協、久喜連協の皆さん、そして熱演された出演者の皆さん本当にありがとうございました。
熊連協企画部長 近藤富男記