現在、彩の国いきがい大学熊谷学園1年制37期校友会は91名の会員が活動しています


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史跡めぐり


史跡クラブ平成29年度第1回目のお出かけです。
4月25日(火)、松井田にある江戸時代の五料茶屋本陣と安中市街の旧安中藩の武家の史跡、および同志社大学創設者である新島襄の関連史跡を訪ね歩きました。総勢17名(男性8名・女性9名)という多数の参加でした。この日は天気も良く、心地よい薫風の中での充実した1日でした。
また群馬県の「花と緑のぐんまづくり」フェステイバル期間中でもあり、見学料が無料になりました(ラッキー)。
熊谷・籠原・深谷から乗用車4台に分乗して各地を出発し、まずは五料茶屋本陣駐車場に10時に集合です。五大街道の中山道といっても道幅はこんなものなのか(狭い)。

 (五料茶屋本陣駐車場に集合です)

 
 (高札場を横に見て、いざ行かん・・)     (「お東」正面)

五料茶屋本陣とは、江戸時代に参勤交代などで中山道碓氷関所を通行する大名や公家などが休息したところです。各宿場ごとにある本陣の様な宿泊用ではなく、休憩や昼食あるいは関所通過の順番待ちなどに利用されていた施設です。
 
 (五料茶屋本陣入口)            (「お西」へようこそ)

本来は名主の家なのですが、本陣としても使われるため、大きな家屋の中は名主の私生活部分と「公」である幕府や安中藩管理の部分が仕切られた状態で存在しています。「公」の部分は畳敷き、「私」の部分は板敷です。西と東と2棟あり「お西」「お東」と呼ばれています。
1606年(文化3年)2月に起きた集落の8割も焼失した大火で焼失しましたが、重要な中山道での役割から徳川幕府の強力な後押しで2棟とも、その年の12月には建て替えが終わりました。(驚異の速さ)明治天皇も明治11年の北陸東海御巡幸の折「御小休所」として使われました。
ここは「お雛様の展示」、「五月人形の展示」が知られており、今回は22日から始まる「五月人形展」に照準を合わせました。東西2棟に数百点の武者人形が飾られて圧巻でした。
土間には「風呂場」と書かれたスペースがありますが、丸竹を敷いた床で下には穴が掘ってあります。衝立も目隠しも無い空間でタライ状の物に竈から湯を汲んで来ての「行水」です。横は板1枚の壁です。陽が暮れれば真っ暗(囲炉裏の明かりだけ)なので良かったのだろうとか? 寒い冬はどうしたのだろう?綿入れを着て囲炉裏に当たるか布団にもぐるしかなさそう。それにしても昔の人は寒さに強かったのか?

 (お西」の縁側からの絶景)


 (五月人形展示・圧巻)


 (四阿でお茶を一服)


 (「お東」前に全員集合)

茶屋本陣を見学したら5分ほどの乗車で「おぎのや」で昼食を摂り、次は安中市街へと車を走らせます。
安中城本丸跡駐車場でガイドさんと合流し、2時間半の徒歩での見学に向かいます。まずは上級武士の屋敷跡を横目に郡奉行役宅へと向かいます。「役宅」というだけあって一軒の家屋の中に役目上の「公」の部分と生活の「私」の部分とが存在しています。
つい近年まで子孫の血縁の人が住んでいたそうです。

 (郡奉行役宅)

続いて道を渡って武家長屋です。2月から茅葺屋根の全面葺き替え工事中でしたが、遅れに遅れて3日前に見学再開となったとのことで、これもラッキーでした。
中級武士の住まいだった様で2室と台所で1セットです。武家長屋を後にして新島襄旧宅へと向かいます。実は新島襄は安中藩の江戸藩邸で生まれ、国禁を破って渡米しており安中では殆ど暮らしていません。この「旧宅」とは、廃藩置県で江戸住みの家臣を安中に引き取る為に急造した2軒長屋で、ここに両親が住んでいました。新島襄は帰国後の3週間ほどしか居ませんでした。

 (熊谷陣屋の役者揃い)

 
 (安中藩武家長屋)              (安中藩郡奉行役宅内)

その道すがら、新島襄を支援した醬油屋の「有田屋」で「みたらし団子」を注文しておき、帰途に立ち寄って頬張りました。ふっくらとしていて、醬油の味が素晴らしかったなあ!この「有田屋」の援助で「便覧舎」で布教活動を始め、日本最初の図書館ともなりました
途中の民家でこのような表札を見ました。何という苗字か分かりますか?➔➔「もたい」さんです。
 
 (便覧舎址)                 (なんと読みますか?)

次は元来た方向へ戻り、団子を賞味した後、安中教会へと向かいます。
この教会も「有田屋」(湯浅氏)の援助でできたものです。今は「教会の中に幼稚園」なのか「幼稚園の中に教会」なのか分からない位の感じです。
これで本日の計画は無事に予定時刻通りに終わり、駐車場へ戻り帰路に就きました。皆さんお気をつけてお帰りください。
 
 (安中教会)                 (ガイドさんありがとうございました)

                                    幹事 小田原・岡田